鴻朧館
游月山荘

有馬温泉 月光園便り

有馬温泉 月光園よりお得な情報をお伝えします。

【有馬温泉月光園便り】六甲山の今週のお花〜リンドウ(竜胆)


六甲山より今週のお花

六甲高山植物園ではただいまリンドウが見ごろです。
釣鐘型の紫色の花が美しく、園芸種としても栽培されています。
リンドウの根っこは漢方薬としても利用されています。
漢字名の竜胆は、飲むと竜の肝のように苦いから、なんて説もあるようですね。
龍胆と書くこともあるようです。

このリンドウ、アフリカを除く世界中に広く分布しています。
ただ日本では、他の植物と同じようにだんだんと数が少なくなっているようです。
秋の花で10月中旬いっぱいが見ごろとなります。

☆森の手づくりリース体験☆

六甲高山植物園では11月26日まで、植物園で採れた材料を使ったリース作り体験ができます。
今年のクリスマスは六甲山で作ったオリジナルのリースで、、といった手づくり体験はいかがでしょうか。

森の手づくりリースのイベント詳細
※現在イベントは終了しております。

平成18年10月16日(月) 有有馬温泉月光園 奥平

【有馬温泉月光園便り】有馬マニア 神戸電鉄新有馬駅

【有馬温泉月光園便り】有馬マニア 神戸電鉄新有馬駅 ※営業停止中

今日の月光園便りは有馬の使われなくなった駅、(旧)新有馬駅の話題です。

神戸電鉄で有馬温泉までお越しいただく場合、有馬口で一度乗り換えて、1駅だけの有馬温泉行きの電車に乗換えとなります。
(一部、新開地より有馬温泉直通の列車もあります)
この1駅が妙に長く、案外時間がかかるなあと以前から思っていたのですが、じつはこの間に新有馬駅という駅があったんですね。

Wikipedia 新有馬駅

インターネットを通じてその存在を知り、その後電車に乗るたびにどこが新有馬駅だったのかを車窓から探したのですが、どうもそれらしきものは見当たりません。
そこで仕方なく、新有馬駅を探しに山の中を歩くことにしました。

神戸電鉄有馬温泉駅のそばの道を有馬口方面に歩いていくこと数分、下り坂の右手に道が現れます。
その奥に広めの原っぱと、新有馬駅跡を見ることができます。
線路のそばを歩かないといけないため、駅の跡そのものには入れませんが、確かに駅らしきものは確認できます。

確かにここに駅があっても誰も使わないだろうな、という場所ですね。
今も残っていれば「秘境駅」という概念にも当てはまるんじゃないかと思います。
今は写真のとおり、ホームの跡があるだけで駅舎の跡などは残っていません。
営業停止中というだけで、廃駅ではないようですが、実際に復活する可能性はおそらくないだろうと思います。

気を付けていないと見逃してしまうような新有馬駅。
電車でお越しの折には先頭車両からだと見つけやすいと思います。

※秘境駅とは?
「電車でないとたどり着くのが難しい」「周囲に人家がなく、利用価値が希薄」といった駅のことを指します。
秘境駅へ行こう、というホームページで全国の秘境駅が紹介されています。
スカイパーフェクTVの旅チャンネルでは秘境駅を紹介するシリーズ番組が放映されていました。

平成18年10月14日(土) 有馬温泉月光園 奥平

【有馬温泉月光園便り】古代の迎賓館 鴻臚館


今日の月光園便りは鴻朧館(コウロウカン)の名前の由来である古代の迎賓館、鴻臚館(コウロカン)の話題です。

鴻臚館というのは平安時代にあった外国の使節をもてなすための迎賓館でした。
筑紫、難波、平安京の3箇所に置かれ、今は筑紫、現在の福岡の鴻臚館が復元されて見学できるようになっています。
福岡のといえば大宰府が有名ですが、鴻臚館はその北方、旧平和台球場の改修工事により発見されました。
ただ残念ながら2006年現在、他の2つの鴻臚館は未だ発見されていません。

インターネットで検索してみると、その他にも現代のもので鴻臚館という名前の施設がいくつかあることに気づかされます。
近いところでは兵庫県伊丹市の緑ヶ丘公園内にも鴻臚館という施設があり、お茶会などが催されているようです。

この鴻臚館という言葉、もともとは中国の言葉を輸入したものです。
本来の意味は旅をした白鳥が翼を休める館という意味で、お客様をお迎えするという気持ちが込められた言葉ですね。
「鴻」は和語では「おおとり」と読み、コウノトリや鶴などの大きな鳥の総称となっています。

私どもにとっての大切なお客様をお迎えする月光園 鴻朧館。
ぜひ当館まで、翼を休めにお越しくださいませ。

平成18年10月10日(火) 有馬温泉月光園 奥平

【有馬温泉月光園便り】有馬マニア 旧国鉄有馬駅

今日から10月が始まりました。
時間が経つのが本当に早いと思う今日この頃です。

本日の月光園便りは、“昔の有馬の姿”のお話です。

今、有馬温泉にある鉄道の駅は神戸電鉄『有馬温泉駅』のみです。
ですが戦時中までは“国鉄の有馬駅”と“神戸電鉄の有馬温泉駅”が共存していた時期がありました。

その国鉄有馬駅、どこにあったかと言いますと、神戸電鉄の有馬温泉駅より北に5分ほど坂を下ったところにありました。
乙倉橋という橋の近く、今は先山クリニックという病院のある場所が、国鉄有馬駅跡です。

今は当時の面影をしのぶようなものは残っていません。
乙倉橋の欄干に在りし日の写真がある程度ですね。
つい最近までその近くに当時のものと思しき煉瓦製の壁があったのですが、それも取り壊されています。
また、付近にJR西日本の関連会社が管理する土地があるのですが、これもきっとその当時の名残なんでしょうね。

この国鉄有馬駅、有馬の中心街からは少し離れています。
当時はこの駅から中心街まで人力車でお客さんを運んだりしていたようですね。
なだらかな坂をゆっくりと人力車に揺られて旅館まで、、、
なかなか風情のあるヒトコマだったのでは、と想像できますね。

この有馬駅は三田と有馬をつなぐ、国鉄有馬線の終着駅でした。
後発の神戸電鉄にスピードの面で負けたことが、国鉄有馬線の廃線へのきっかけとなったようです。
戦時中の昭和18年、線路の資材が篠山線に転用され、その後顧みられることなく今に至ります。

戦時中に廃線になっただけあって、今の有馬で国鉄有馬駅のことを知る人はほとんどいないようです。
今はなき有馬駅跡で当時の面影をしのぶ、そんな旅がお好きな方はぜひ一度お立ち寄り下さい。

平成18年10月1日(日) 有馬温泉月光園 奥平