鴻朧館
游月山荘

有馬温泉 月光園便り

有馬温泉 月光園よりお得な情報をお伝えします。

【有馬温泉月光園便り】神戸の難読地名 唐櫃(からと)


今日の月光園便りは神戸市北区の難読地名、唐櫃(からと)の話題です。

唐櫃というのは有馬温泉からも近く、神戸電鉄なら

有馬温泉 > 有馬口 > 唐櫃

と2駅で行くことができます。

唐櫃駅を電車で通るたびに変わった地名だなあと思っていたのですが、実はかなり歴史のある土地です。
唐櫃の地名の起源なのですが、神功皇后に縁のある名前とされています。

神功皇后が朝鮮遠征から帰還する途中、この村の地下に金の鶏を石の唐櫃(からびつ)に入れて埋めたという伝説があります。
もし村に何かあったときにはその唐櫃を掘り起こすように命じたことから、唐櫃の名前がついたといいます。
昨日ご紹介した六甲山の地名の起源の話でも神功皇后が登場するものがありましたが、何かしら伝説的なことによく登場するようですね。

神戸市北区は神戸の中では、北神ニュータウンのイメージが強く、新しい町というイメージがあります。
ですが、あまり歴史がないように見えて案外歴史のある地域です。
これからは有馬の歴史だけでなく、北区の歴史もご紹介できればと思います。

平成18年11月12日(日) 有馬温泉 月光園 奥平

【有馬温泉月光園便り】還暦について

今日の月光園便りは還暦についての話題です。

月光園をご利用される方で、還暦のお祝いとしての旅行の方が時おりいらっしゃいます。
家族皆さんでのお祝いの席で当館をご利用頂けるというのは、私どもにとっても誇りに思えることです。

還暦というのは60年で干支(えと)が一巡し、暦が還ることからついた名前です。
ここで言う干支とは十干(じっかん)十二支(じゅうにし)を合わせたものになります。
十二支についてはご存知の方も多いとは思いますが、十干というのはあまり馴染みのない言葉だと思います。
十干もやはり十二支と同じように暦を表し、甲(きのえ)、乙(きのと)、丙(ひのえ)、丁(ひのと)、戊(つちのえ)、己(つちのと)、庚(かのえ)、辛(かのと)、壬(みずのえ)、癸(みずのと)の10種類があり、毎年変わっていきます。

2006年は十二支では戌年で十干は丙になるため、今年の干支は丙戌(ひのえいぬ)というのが正式なものになります。
この干支は甲子園の名前の名前の由来となったり、丙午という迷信を生み出したり、かつては様々な形で生活に密着していたと言えますね。

十二支は12年周期、十干は10年周期なので少しづつずれる形になります。
このずれが60年でちょうど元に戻るので、60歳を還暦と呼びます。
ちなみに十干と十二支を合わせて六十干支(ろくじっかんし)とも呼ばれます。

還暦のお祝いでは「赤いちゃんちゃんこ」や「赤い帽子」を身に着ける慣わしが今でも残っています。
これは60年で干支が1周して生まれた年と同じものになるので、赤子に戻った気持ちで元気に長生きしてくださいという願いを込めたお祝いです。
こいうった昔ながらのお祝いの風習が残っているというのも良いものですよね。
月光園でもお客様のためにちゃんちゃんこと帽子の無料貸し出しを行っています。

十干は10年周期のため、西暦の下一桁より簡単に導き出すことができます。
西暦下一桁
4=甲、5=乙、6=丙、7=丁、8=戊、9=己、0=庚、1=辛、2=壬、3=癸
となっています。

皆さんの生まれた年が正確にはなんと言うのか、一度調べてみてはいかがでしょうか。

平成18年10月27日(金) 有馬温泉月光園 木村

【有馬温泉月光園便り】兵庫の温泉 〜有馬から城崎


兵庫県は南では瀬戸内海、北は日本海とにまたがる大きな県です。
本州でその両方に面しているのは青森県と山口県、そして兵庫県だけです。

それだけ広いだけに、兵庫には有馬温泉以外にも数々の温泉地があります。
ざっと挙げていくだけでも、
城崎温泉、塩田温泉、洲本温泉、湯村温泉、赤穂温泉、宝塚温泉、須磨温泉
などなど、他にもたくさんの温泉地があります。

これだけたくさんの温泉地があるということはもちろん、ライバルが多いということであると同時に、何か連携を行える相手が近くにたくさんいらっしゃるということにもなります。
そんな中、月光園はゆとりっちグループという西日本を中心とした温泉宿泊施設のグループに参加しています。
他の宿泊施設と連携してイベントなどを行ういい機会となっています。

兵庫県内の温泉地といえば有馬温泉、城崎温泉が特に有名ですが、各温泉地とも様々な特色があって奥が深いです。
たまには有馬以外のお湯にも浸かって、有馬のお湯を見つめなおす旅をしてみたいな、と考えています。

平成18年10月24日(火) 有馬温泉月光園 奥平

【有馬温泉月光園便り】古代の迎賓館 鴻臚館


今日の月光園便りは鴻朧館(コウロウカン)の名前の由来である古代の迎賓館、鴻臚館(コウロカン)の話題です。

鴻臚館というのは平安時代にあった外国の使節をもてなすための迎賓館でした。
筑紫、難波、平安京の3箇所に置かれ、今は筑紫、現在の福岡の鴻臚館が復元されて見学できるようになっています。
福岡のといえば大宰府が有名ですが、鴻臚館はその北方、旧平和台球場の改修工事により発見されました。
ただ残念ながら2006年現在、他の2つの鴻臚館は未だ発見されていません。

インターネットで検索してみると、その他にも現代のもので鴻臚館という名前の施設がいくつかあることに気づかされます。
近いところでは兵庫県伊丹市の緑ヶ丘公園内にも鴻臚館という施設があり、お茶会などが催されているようです。

この鴻臚館という言葉、もともとは中国の言葉を輸入したものです。
本来の意味は旅をした白鳥が翼を休める館という意味で、お客様をお迎えするという気持ちが込められた言葉ですね。
「鴻」は和語では「おおとり」と読み、コウノトリや鶴などの大きな鳥の総称となっています。

私どもにとっての大切なお客様をお迎えする月光園 鴻朧館。
ぜひ当館まで、翼を休めにお越しくださいませ。

平成18年10月10日(火) 有馬温泉月光園 奥平

【有馬温泉月光園便り】今日は記念日いっぱい、重陽の節句


今日は重陽の節句、菊の節句です。
陽数(奇数)の極である9が二つ重なる日で、昔は大変めでたい日としてお祝いされていました。

この重陽の節句、江戸期までは武家の祝日として、明治期には庶民の休日として祝われていました。
お酒を酌み交わしたり、栗ご飯でお祝いをしたりといったことが行われていました。
平安時代には前日から菊のつぼみに布の袋を被せ、その香りのついた布で宮中の女官たちが体を撫でる、といった凝った風習もあったようです。

ですが現在、この重陽の節句は端午の節句や七夕の節句に比べて随分とマイナーな存在になっています。
子供の頃、なんで9月9日はお祝いしないんだろう、縁起が悪いんだろうか、とよく疑問に思っていました。

どうもその原因としては、旧暦から新暦に切り替わったことが大きいようですね。
旧暦の重陽の節句は現在の暦で言うと10月ごろにあたります。
そのため以前は米の収穫が終わってひと段落ついた時期であったのが、今では刈り入れ前の時期にあたり、さらには菊の節句なのに花の開花時期がすれてしまったことが、大きく関係しているようです。

さらに今日は9月9日、「きゅう(9)きゅう(9)」の語呂合わせで救急の日です。
厚生省(現厚生労働省)と消防庁によって、救急医療についての知識を深めてもらうために1982年に制定されました。
そして世界占いの日、ケンタッキーのカーネルおじさんのカーネルズデー、大分県九重町が制定した温泉の日、おもちゃのタカラが制定したチョロQの日、さらには兵庫県東浦町の吹き戻し保存協会が制定した吹き戻しの日でもあります。

これだけたくさんの記念日が被っている日も珍しいですよね。
ちなみに温泉の日は九重町が九重九湯と呼ばれることからついたもので、有馬温泉には直接関係ないのが少し残念といえば残念ですね。

本日は古式ゆかしい重陽の節句。
せっかくなので栗ご飯でお祝い、というのはいかがでしょうか。

    有馬温泉月光園 奥平